大人が学ぶってなんのため?-「としくらえみぬらし絵と手仕事教室」を通して思うこと-

reddot10p.jpgとしくらえみさんの「ぬらし絵と手仕事教室」開催中です。

シュタイナー教育のとしくらえみさんをお呼びして、MOMOでぬらし絵と手仕事教室を始めて4カ月が過ぎました。 
各回たくさんの方にご参加頂きまして、本当にありがとうございます。 

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としくらえみさんに高崎に来ていただき、このような毎月の講座を開講できるのは2018年の3月までです。
としくらえみさんは2018年より福岡県に拠点を移される予定だそうです。  
行ってみようかな、と迷っている方も、ぜひこれまでの教室の様子をご覧いただき、
ご都合のよい時期にご参加いただけたら嬉しいです。 

reddot10p.jpgどうして大人のための絵の教室? 

今回はぬらし絵と手仕事教室の「大人クラス」について考えみようと思います。

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MOMOはおもちゃ屋です。 
「子どものためのお絵描き教室はわかる。でも、なんで大人の教室?」 と思われる方も多いと思います。 

「子どもには先の長い未来があって、これから料理人になるかもしれない、学校の先生になるかもしれない、アーティストになるかもしれない。
色々な可能性のために、感性を磨くために、絵を習うことは、わかる。 

なんで大人のための絵の教室?」

reddot10p.jpg何かになるための学びから、自分であるための学びへ。 

大人になると、何かになることより、自分であり続けることが大切になるような気がしています。

そんな視点でとしくらえみさんの「ぬらし絵と手仕事」教室のことを考えて見たら、「大人が学ぶって何のため?」というお話しになりました。

大人が学ぶ教室をMOMOが開講することの意味、そして大人が学ぶことについて考えてみました。
reddot10p.jpg「社会教育」として見る「ぬらし絵と手仕事教室」

MOMOで教室を開くことを何かの分類で呼ぶとすると「社会教育」という呼び方になります。 
「社会教育」は学校や塾などの教育機関以外の場所で行われる教育のことを言います。 

「生涯学習」という言葉を聞いたことがあると思います。
テレビのCMや新聞のチラシで見たことがあるはずです。「生涯学習」も「社会教育」のひとつです。 

テレビなどで見たことのある生涯学習は、
大人になってから「何かになる」「変わりたい」という人のためのものが多いです。
新しい仕事に就きたい、新しい自分になりたいということが目的です。

社会教育では「教育」をこう定義しています。

"教育は学びの支援である"

学びってなんでしょう?
学ぶことって、「何かになる」ためのものなんでしょうか? 
大人の学びってなんなのでしょう?

reddot10p.jpg大人の学びは「自分であるための学び」 

学校や塾での学びは「何かになる」ためのものでした。
高校生になる、大学生になる、社会人になる、学者になる、医者になる。 
学校での学ぶことの目的は「何かになる」為でした。

なので、「学び」や「教育」という言葉には、義務とか、何か目的がなくてはいけないというイメージがあります。

大人になってから「何かになる」なんて...と思います。
なぜって、大人になると、自分の限界とか、なんとなくの未来とか見えてきてしまうからです。 
宇宙飛行士とか、政治家とか、ミュージシャンとか、もう、なれない...?
なんなく色々限界が見えてしまいます。 
でもそれは今自分が見えている自分の未来でしかないかもしれません。

大人になってからの学びは何かになるための学びから、自分であるための学びになるように思います。

例えばスティーブ・ジョブズは、スティーブ・ジョブズという自分を極めて亡くなった気がします。
あの人はなんだったの?と聞かれても、スティーブ・ジョブズだったとしか言えないような気がします。
偉人と呼ばれる人たちは、なんだった、じゃなくて、誰だったと言われます。

大人のための学びは「自分である」ための学びの機会。
何かになることよりも自分であることのためにあること。
今まで知らなかった新しい自分の一面に出会うための学びです。

reddot10p.jpgまだ知らない新しい一面はきっとある、ということの例:お味噌汁の話し

私事ですが、最近、お味噌汁にはまっています。

私はこれまでの人生、お味噌汁は味噌と出汁で作るものだと思っていました。
そして具はとうふ、わかめ、なめこ、油揚げ、ねぎなどのごくスタンダードな種類の組み合わせ。 

ある日、私は料理人・土井善晴さんの本を読みました。
そこには目から鱗の言葉がたくさん書かれていました。
とりわけ驚いたことは、お味噌汁は出汁を入れなくても良いということでした。

私は、半信半疑、出汁を入れないお味噌汁を作りました。
恐る恐るのんでみると...美味しい!

出汁入れない、肉も入れちゃう、ソーセージとかも入れちゃう。野菜は大体味噌汁になる、トマトもごぼうも、入れちゃう。
先に肉を油で炒めちゃう。
などなど、私のお味噌汁ライフはこの数ヶ月で激変しました。
お味噌汁という飲み物の底知れぬ可能性に感動し、新しいお味噌汁に出会う、出会いたい日々を送っています(もちろんたまに失敗もしますが)。

お味噌汁ってめちゃくちゃ美味しい!楽しい!
私はお味噌汁の新しい一面に出会い、今またお味噌汁との新鮮な味の交流を日々更新しています。

絶対こうって意外と決めつけてることあると思います。
決めつけているとすら思っていないこと。

もし土井善晴さんの本を読んでいなかったら、
私はこれから先の人生死ぬまでずっと「普通」のお味噌汁を作り続けていたと思います。

肉と野菜を炒めて冷蔵庫にある野菜を適当に入れてお湯に味噌をとくと、
豚汁でもない飲んだことのない味の汁が出来上がります。

これは味噌汁じゃない!と言われても、味噌を溶いているから味噌汁なんです。
じゃあこれは味噌汁のなんだと種類を聞かれても、種類はまだないけど味噌汁です、としか言えません。

そう、お味噌汁だけの話ではありません。
自分自身も!です。 

もしかしたらわかりきっていると思っているものも、自分という人間はまだまだ可能性に溢れているのかもしれません。

reddot10p.jpgこれからの長い人生を自分と生きる為の学び

ここまでの話をまとめます。

大人のための学びは、何かになるためにあるのではなく、自分であるためのもの。
なんとなく見えてしまっていた自分という存在の内側に新しい面を見つけることができる可能性に溢れています。

人間、寿命も延びてしまいました。
江戸時代、50歳で大往生だったのに、たった150年後、さらに50年も生きなければならなくなってしまいました。 
この先、宇宙飛行士になれないとわかってしまった後の人生、人間にはまだ可能性があるのです。
人間には「学ぶ」力があるからです。

体力に限界があっても、学ぶ気持ちに限界はないのです。
そんな大人のために、「社会教育」が、
死ぬ時までつまり生涯、自分として生きて行く支援としての「生涯学習」があるのです。

reddot10p.jpgまだ見たことのない自分に出会う 

学ぶことで出会うもの、まだ見たことがない自分の一面。

忘れてしまいそうですが、このブログは「ぬらし絵と手仕事教室」の大人クラスについて書いているブログでした。
このままだとお味噌汁の印象だけ残ってしまいそうです。

「ぬらし絵」は、まだ見たことがない自分の一面と出会いやすいなあと思っています。

ぬらし絵は3色の絵の具を使って絵を描きます。 
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濡らした画用紙の上に色を1色ずつ落としていきます。
色をパレットなどで混ぜることはしません。
色が画用紙の上で滲んで見たことのない色に、表情になります。 

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その「見たこともない絵」を作ったのは自分の手なのです。
いつも使っている、動かしていることも意識していないような数十年ものの自分の手なのです。 
その手を通して、自分が生みだしたと思えないような色の絵が生まれます。 

ぬらし絵は気軽に自分の新たな面をみることが出来ます。
自分に絵なんて描けないと思っている方にこそ、「ぬらし絵」を体験してもらいたいのです。

みなさんに絵のプロになることを目指してもらうための教室ではありません。
この教室を「利用」して下さい。ちょっと違う未来のためのステップにしてください。 

reddot10p.jpg学びとはワクワクするものと出会うこと

「学ぶ」ってものすごく大層なことのような気がします。 
学ぶこと、そしても学びたいと思う気持ち、それは「ワクワク」するという気持ちです。

たとえば、こども時絵本を読んでもっと読みたい!と思ったり、図鑑をみて動物の名前をどんどん覚えたりしたことありますよね。
それって、「学び」です。ワクワクすることが学びなのです。 

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別にぬらし絵教室でなくても良いのです。
ワクワクするスイッチをオンにして、ワクワクするもの探してみてください。
本を読んでもっと読みたいと思う気持ちや、料理を作って美味しくてまた作りたいと思う気持ち、
ワクワクするもの、ワクワクのスイッチを押すものは、人それぞれです。 

reddot10p.jpgそれぞれの「学びのお手伝い」。

社会教育の「教育」の定義をもう一度。

"教育は学びの支援である"

学びは、何かをもっと知りたい!と思うワクワクする気持ちは、それぞれ個人の内側から湧き上がるものです。 
残念ですが、他人が人を「学ばせる」ことはできないのです。 
無理矢理させられる宿題が嫌なように、ワクワクしてよ!って脅されても、嫌ですよね。

「社会教育」を提供する側に出来ることは、それぞれの学びをお手伝いすることです。

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会場の「エルデ」はドイツ語で「大地」という意味です。 
この建物エルデでMOMOの店長は「種を渡したい」と言っています。 
大人の人に種を渡して、それぞれの人こころの中で育って欲しいと。 
種って、無理やり渡すものではないし、無理やり渡されてもきっと育てられないし。
それがきっと「なにかになるための学び」と違う所です。

もしワクワクするかもなあというセンサーが働いたら、ぜひエルデに来てください。
「種」をお渡しできたら嬉しいです。 

(社会教育を提供している機関は世の中に色々あります。 
学校以外の学びの場所、
図書館はもちろん、市民大学(群馬県:ジョウモウ大学)、
市役所にも県庁にも社会教育課があります。)

reddot10p.jpg大人が学ぶことはもっと自分であるため。

いくら白い炊きたてごはんがおいしくても、毎日同じじゃ飽きます。
食べ方を変えたり、こんな風に調理すると美味しい!とか、発見しながらごはんを食べている私たちです。
自分との付き合いも一緒です。
自分の新しい面を見つけて、これからの人生も自分であるための学び続けること。

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もし私たちにお手伝いをさせてもらえるとしたら、
としくらえみさんのぬらし絵と手仕事教室という形で、お待ちしています。

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reddot10p.jpgのサムネイル画像参加者募集中reddot10p.jpgのサムネイル画像
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写真:茂木しづ子(MOMO店長)

文:茂木成美
MOMOディレクター。
早稲田大学第二文学部表現・芸術専修卒。社会教育主事任用資格取得。
2011年よりMOMO勤務。主にイベント・企画の制作、運営をしています。

※この文章は大学での学びの中で得た知識を基に書いています。
社会教育について詳しく学びたい!と思っていただける方がいましたら、
是非、最寄りの図書館などで社会教育関連の専門書籍をお読みください。

※社会教育は大人のためのだけの学びの機会ではありません。
子どものための、学校以外の場所での学びの支援もあります。
子ども支援の本は「子ども支援学研究の視座/安部芳絵(学文社)」がおすすめです。

※文中のお味噌汁の本はこちらです。
「一汁一菜で良いという提案/土井善晴(グラフィック社)」

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reddot10p.jpgのサムネイル画像お問い合わせはこちらreddot10p.jpgのサムネイル画像

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