2018-12-29

「今欲しいもの」-今年のクリスマスカードの解説-

この写真はドイツのエルツ山地の村・ザイフェンで作られたミュラー社のクリスマスピラミッドを、2014年に開催した「ミュラー展」の際、MOMO店内で実際に蝋燭に火を灯し、MOMO店長がフィルムカメラで撮影したものです。
10年以上MOMOにあったものに、この時初めてろうそくを置き、火を灯しました。ロウソクの火の気流でピラミッドが回転すると、なんとも言えないキラキラとした時間が流れ出しました。
クリスマス飾りは、飾っておくだけじゃなくて、実際に使うものなんだな、とその時実感しました。

この写真を撮影した時に、このピラミッドが作られた街・ザイフェンのことを調べました。このピラミッドの形、工夫、ザイフェンの街がクリスマス飾りを作っていること、その全てに、街の歴史、そして人々が、炭鉱の資源の枯渇・そして戦争という、1人1人の努力ではとても変えらることの出来ない悲劇を、自分たちの手で出来る工夫とそして頭で考え出した知恵で乗り切った歴史が全て詰まっていました。(ザイフェンの歴史について)

クリスマスのキラキラは人が作っている。神様が降らせているんじゃない。

この写真に添えた言葉はアメリカの作家カート・ヴォネガットの小説『スローターハウス5』から引用したものです。
『スローターハウス5』は、第二次世界大戦の末期にドイツ・ドレスデンに連合軍が仕掛けたドレスデンの空襲を捕虜としてドレスデンで体験したヴォネガットが自身の体験を基に書いた物語です。

ドレスデンの空襲は一晩で20万人もの人々が亡くなったとされる大変なものでした。ヴォネガット自身は空襲の体験について具体的に語りたがらなかったそうですが、どれだけの悲劇を見たのかということは『スローターハウス5』全体に流れる、人の死を淡々と受け入れるしかなかった、人の死を語るたびに置かれる「そういうものだ 」という言葉に、現れているように思います。

(『スローターハウス5』に登場するトラルファマドール星人は言います。人の死など一瞬のこと。その一瞬に死んだというだけで、そのほかの瞬間でその人は生き続けているのだ、と。)

ドイツ・エルツ山地の村・ザイフェンの最寄りの都会はドレスデンでした。現在でも、ザイフェンのクリスマス飾りには空襲以前のドレスデンの街をモチーフに作られるものが多くあります。

ミュラー社の現代表リンゴ・ミュラーさんが作るドレスデンをモチーフにしたクリスマスアーチは、リンゴさんの新技術によりドレスデンの建物自体がキラキラと輝きます。
今でもドレスデンをモチーフにしたクリスマス飾りが作られ続けることが、ドレスデンの悲劇がザイフェンの人々にとっても大きな出来事であったことを物語っているように思います。

1人の努力では絶対に起きてしまったことを変えられない悲劇が起こっても、カート・ヴォネガットはそれを『スローターハウス5』という小説の形に生み出し読む人に勇気を与え続け、数々の試練を乗り越え今もザイフェンの街から生み出されるクリスマス飾りは、遠くはるか日本の国に来てまでも、多くの人々のクリスマスの時間をキラキラと輝かせています。

クリスマスのキラキラは人が作っている。神様が降らせているんじゃない。

そう思っています。
それでも、やっぱり、クリスマスは欲しいものを神様にお願いしたくなる日。

私は今年MOMOが(一旦)クリスマスをやめることを決めました。クリスマスの商品が入荷しMOMOの店頭に並ぶことは、楽しみにしてくださっている方の多いイベントです。

それをやめることはとても大きな決断で、勇気が必要なことでした。それでも、私たちがMOMOという場所を続けていくために、ここで変えなければいけないと覚悟しました。

それでも「やっぱりクリスマス…」と思ってしまう私に、クリスマスをやめる、私たちの原点を見つめ直すことへの覚悟、そして人生そのものを前に進めること、を後押ししてくれたのが、これまで毎年クリスマスごとに調べ続けていたザイフェンの歴史と、この12月に読んでいたカート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』でした。

なので、このクリスマス、私だけじゃない、きっと大人はみんな欲しいと思っているんじゃないかな、と思うこの言葉を、今欲しいものを、書きました。

“神よ願わくばわたしに

変えることの出来ない物事を
受け入れる落ち着きと

変えることのできる物事を
変える勇気と

その違いを常に見分ける知恵とを
さずけたまえ”

ー カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』より


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