2015-12-03

ザイフェンの木のおもちゃが「美しい」理由

reddot10p.jpgザイフェンの木のおもちゃの美しさの理由に気づく思考の旅のはじまり
今年、MOMOオンラインショップにMOMOクリスマスマーケットがオープンしました。
ドイツ・エルツ山地の村”ザイフェン”で作られるクリスマスの飾りを主にご紹介するページです。
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ザイフェンの入り口
ザイフェンはドイツの「木のおもちゃの村」と呼ばれています。
村にはなんと100以上のおもちゃの工房があるのです。
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ヴェルナーさんの工房
それぞれの工房でその工房らしさが詰まった作品を作り続けています。
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「木のおもちゃ」と言うのにはちょっと「おもちゃ」という言葉から離れていくほど、
飾っているだけで大人も楽しめる、もはや工芸品でもある「木のおもちゃ」たちです。
くるみ割り人形や、煙出し人形などなど木のおもちゃの種類は何百もあるでしょう。
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ここまでの写真を見てもらうだけでも、
同じザイフェン生まれといっても、似ているようでそれぞれ個性があることをわかってもらえると思います。
けれど、どの工房の木のおもちゃにも共通するもの。
それは「かわいい」だけじゃない、凛とした、品をもった美しさを持っているということです。
その佇まいだけでただものじゃないというか、どっしりとした風格を感じます。
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MOMOクリスマスマーケットにザイフェン生まれの木のおもちゃを掲載するにあたり、
私はそれぞれの工房についていろいろと調べてみました。
調べるときにまず最初に見るもの、それは「木のおもちゃ」という言葉からはちょっと離れているイメージがある方もいるかもしれませんが、それぞれの工房のWebサイトを見ます。
それぞれの工房が、本人たちが作っているWebサイトです。それぞれの工房について、とっても詳しく書かれています。
しかも、Webサイトとその工房がつくるおもちゃのイメージがぴったりなので、見ているのが楽しいのです。
hakken_b.jpgのサムネイル画像ザイフェンの木のおもちゃの「美しさ」の理由への長い旅のはじまり
そんないろいろな工房のWebサイトを見る日々の中で、私はある工房のWebサイトに、ある違和感を感じました。
その工房は「Christian ULBRICHT」。
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   netsurfing_b2.jpgあれ…なにか、が…ちがう…!!
 
逆に「え?普通じゃん」と思われたかもしれません。
そうなんです、このサイト、今の日本の普通のサイトなんです。
今の日本のスタンダードなWebサイトがザイフェンの工房のWebサイトとしてあること、それが!変、違和感なんです。
この時感じた違和感が、
ザイフェンという村が鉱山の閉山と戦争という2度の大きな試練を乗り越えたこと、
だからこそザイフェンの木のおもちゃは美しいのだということ、
そのことに私を導く、長い長い旅のはじまりになりました。
ザイフェンの乗り越えた2つの試練のこと、
『ChristianUlbricht』のサイトに違和感を覚える理由としてザイフェンのそれぞれの工房のWebサイトを紹介しながら、
最後に、ザイフェンの木のおもちゃが美しい理由をお話しします。
《目次》
reddot10p.jpg第1章:木のおもちゃの町ザイフェンの誕生と、東ドイツになったザイフェン。
reddot10p.jpg第2章:東ドイツ時代に工房を続けたゼイフェンのおもちゃ工房
reddot10p.jpg第3章:西ドイツ育ちのおもちゃ工房『Christian Ulbricht』
reddot10p.jpgおわりに:ザイフェンの木のおもちゃが「美しい」理由
<注意>
このブログはこの先、非常にマニアックで、細かく、文章も多い内容になります。
全ての人が楽しめるとは、とても思えません。疲れたら途中で画像だけさーっと見て終わりにしてもらっても、途中で諦めてもらっても、全く構いません。お気をつけて続きへお進みください。
reddot10p.jpg第1章:木のおもちゃの町ザイフェンの誕生と、東ドイツになったザイフェン。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像ザイフェン1度目の試練:炭坑の閉山 
 
ザイフェンの村に訪れた最初の試練は、当時ザイフェンの村の収入源であった炭坑の閉山でした。
炭坑の閉山により、ザイフェンに暮らしていた人々は仕事を失いました。
しかし、ザイフェンのあるエルツ山地の豊富な木材を活かし
炭坑夫として生計を立てていた人々は「木のおもちゃ職人」となりました
それぞれの家族で工房を作り、炭坑での生活を背景に持つザイフェンの村特有の様々な木工芸品を生み出していきました。

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くるみ割り人形 炭坑夫(ミュラー)
 
2014年の8月にMOMOではザイフェンの工房『ミュラー』の工芸品を展示集めた『ミュラー展』を開催しました。
その時に、炭坑での生活を背景に生み出された工芸品や、ザイフェンの当時の歴史について色々調べてブログを書きました。
くわしくはブログをご覧下さい。
炭坑がなくなってもザイフェンの村に残り、炭坑夫からおもちゃ職人になるという、凄過ぎる転身を見せたザイフェンの人々。
ザイフェンの工芸品は次第にその質の高さとデザイン性で、「おもちゃの村」と呼ばれるまでになります。
そんなザイフェンの村に次に訪れた試練、それは戦争でした。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像ザイフェン2度目の試練:東西ドイツの分裂 
 
1948年、第二次世界大戦で敗戦国となったドイツは東西に分裂。
アメリカ・イギリスに支配された西ドイツは資本主義体制のもとで、豊な国となります。
社会主義国のソ連の支配下となった東ドイツと西ドイツには大きな経済格差が生まれました。
ザイフェンは東ドイツ側にありました。
社会主義のソ連の統治下の東ドイツでは、従業員数が10人を越える規模の工場は強制的に国の運営となることになりました。
そんな政府に反発し、ザイフェンの人々は決して10人の規模を越えないよう、先祖代々の伝統を守り小さな工房でのおもちゃを作り続けました。
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一されるまでの1990年までの40年間もの間、この状況が続きました。
netsurfing_b2.jpgのサムネイル画像旧東ドイツの工房の「らしさ」あふれるWebサイトを見て行きましょう。
旧東ドイツだったザイフェンの工房も東西統一から40年、今ではすっかりそれぞれの工房にWebサイトもあります。
元々、木のおもちゃは輸出により外貨を獲得するための商品でもあったため、Webサイトを持っていることはもちろん、どの工房もドイツ語と一緒に英語表記もあります。
さて、みんなWebサイトを持っていることは持っているのですが、
まず、そのWebサイトに、それぞれの工房「らしさ」が詰まっています。
作品と共通する個性滲み出るWebサイトばかり、
WebサイトのTOPページを見ればその工房のことが大体わかっちゃうほどです。
 
「Webサイトといっしょに見るザイフェンのおもちゃ工房」にしばらくお付き合いいただくと、
私が感じた『ChristianUlbrcht』のWebサイトの「違和感」の正体をわかってもらえると思います。
 
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reddot10p.jpg第2章:東ドイツ時代に工房を続けたゼイフェンのおもちゃ工房
 
point_2_b.jpgのサムネイル画像旧東ドイツ時代もザイフェンで制作を続けていた6つのおもちゃ工房をWebサイトとともにご紹介します。
 
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像『東ドイツ生まれ東ドイツ育ち、ザイフェンの歴史を作り続ける工房』ヴェルナー
 
ザイフェンに100以上もの工房がある中、
「ザイフェンの工房といえば!」と玄人たちに聞くと必ず名前が挙がるという工房がここ『ヴェルナー』。
1957年に初代のヴァルター・ヴェルナー氏が工房を開き、現在は3人の息子さんがそれぞれの作家性を活かした作品作りをしています。
そのため、ヴェルナーにはなんと3つのWebサイトがあります。
兄弟それぞれひとつづつサイトがあるという、「それぞれ全然違うものつくってるよ!」という意気込みを感じます。
ヴェルナーのTOPページは3つのサイトへの入り口からはじまります。
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icon_yellowdot_15.jpgのサムネイル画像父の仕事をそのまま引き継いだ三男・ジークフリード氏の工房。
 
一番左の”Figuren”を開きましょう。
格式高い立派なページが現れます。ここは初代のお父さんの作っていた「ザフェンの歴史をミニチュアでつくる」工房、三男ジークフリード氏の工房のページです。
 
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初代のお父さんはミニチュアで炭坑時代のザイフェンの様子を作りました。
その作品はザイフェンのミュージアムにも展示されています。
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icon_yellowdot_15.jpgのサムネイル画像長男・クリスチアン氏の工房:ザイフェンだけのろくろの木工技法でつくられる動物たち
 
真ん中のページを開くと、あらなんだかほっこり、かわいい動物たちがあらわれます。
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三兄弟の長男クリスチアン氏はザイフェンだけに伝わるろくろの木工技法で小さな動物を作っています。
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小さな小さな動物の人形はその魅力で日本にもファンが多くいます。
こんなお茶目なトナカイも!既に三男ジークフリード氏の工房との方向性の違いを感じます。
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かわいい動物たち、MOMOにもこっそりたくさんいるんですよ。ぜひ探してみて下さいね。
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icon_yellowdot_15.jpgのサムネイル画像『動く玩具づくりでは他の追随を許さない』次男・ヴォルフガング氏の工房
 
最後の3つめの工房は次男・ヴォルフガング氏の工房。
一番アットホームな工房でおもちゃ作ってます感あるほっこりする見た目ですが…
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ザイフェンのこと、そしてヴェルナーさんの工房のことを調べるにあたって参考にさせてもらったのは、
ヴェルナーさんのおもちゃを旧東ドイツ時代から日本に輸入していたアトリエ・二キティキさんのWebサイト。
その二キティキさんのページでは次男・ヴォルフガング氏はこう評されていました。
『動く玩具づくりでは他の追随を許さないヴォルフガング』。
 
ほっこりした見た目のかわいいオルゴールにはザイフェン一の技術力が結集されていたのです。
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ゆらゆら揺れるかわいいサンタさん、この重りにもヴォルフガング氏の技術が詰まっているのですね。
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icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像『自由経済時代を謳歌する勢いのある工房』ミュラー
自由経済になってからまだ20年ほど。
資本主義の国であった西ドイツと東ドイツにはいまでも経済格差があります。
それでも自由経済時代になったことを謳歌し、世界中を飛び回り、時には先端技術とのコラボレーションもしながら、世界にザイフェンの工芸品を広めている工房があります。
昨年の『ミュラー展』でもおなじみ、『ミュラー』です。
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中国に生産拠点を移す工房もある中、ミュラー社は大きな工房をザイフェンに新たにつくり、
ザイフェンの村で生産を続けています。
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伝統的なザイフェンの工芸品に電気を組み込み、「電気式アーチ」「電気式ピラミッド」などを果敢に開発。
現代のライフスタイルに馴染む、新しい時代のザイフェンの工芸品を開発し続けています。
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世界中を飛び回りミュラー社の製品の宣伝に回る4代目・リンゴ・ミュラーさんは、
東西が統一され、自由経済時代になったザイフェンを盛り上げ、謳歌する人だと言えるでしょう。
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4代目のリンゴ・ミュラーさんについては、まるごとリンゴさんのブログでくわしくご紹介しています。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像『ザイフェン最後の炭坑夫の義理の娘さんの工房』Volker&Heiko Flath
ザイフェンのおもちゃ(工芸品)は小さなサイズのミニチュア製品が多いのですが、
ミニチュア製品が多く作られるその理由はなんと、
・木材を余すことなく使うこと
・海外輸出の際の関税対策
だそうです!お金のため!商魂たくましい感じ、さすが炭鉱産業から転身した村ですね!
生きるための糧としての木のおもちゃだからこそ、高い芸術性を持った質の高い製品が生み出されたのかもしれません。
ザイフェン最後の炭坑夫を義父に持つ娘”Marie Flath”さんがはじめた工房は、
正に「ミニチュア」な素敵な工芸品を生み出す工房です。
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慎ましさと整頓された真面目さを感じるWebサイトです。
(「すごい!木のUSBにロゴが入るの?!」と思ってクリックしたら404Notfound、大丈夫です、ゆっくり更新待ってます。)
Volker & Heiko Flathの汽車をひくサンタ
なんと先頭のサンタさんは親指くらいの大きさなんです!
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とびきり小さなものをかわいくつくる工房です。この独特の艶感も素敵です。
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ブックマークに登録するとちゃんとかわいい緑のfaviconが入る!あなどれません!
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像『ストレート&お手頃価格』応援したくなるOlaf Kolbe
 

 

東ドイツの統治下にあったからこそ、このザイフェンの素朴な木工芸品が現代も作り続けられている、
守られた、という側面もあります。

その素朴な感じがWebサイトに最も現れてるのがこちら”Olaf Kolbe“。

 

 
ここまで見てきただけでもザイフェンの工房は歴史とか、こだわりとか、けっこうびっしり書くところが多いのですが、OlafKolbeは超シンプル。
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「画面のまとまりをクリックする」なつかしい感じのWebサイトです。
ディスプレイが奥に膨らんでいくのを感じますね。
工房についても、言いたいことがストレートに伝わってきます。
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60以上のパーツは全て手作り、300以上の工程を経てつくられるOlafKolbeのくるみ割り人形は、
ザイフェンのくるみ割り人形にしてはお手頃価格!
Webサイトからそのままでてきた形のくるみ割り人形に、なんだかとても感動します。
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OlafKolbeのサイトの写真よりも実物はしっかりかわいいですよ!
とても応援したくなる工房のひとつです。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像『ザイフェンで最も女子力の高い工房』Richard Glässer
さて、こちら、開くなり今までと雰囲気違います。なんかキラキラしてる!
キラキラ感のあるWebサイトのRichard Glässer、つくる作品もキラキラ女子力高め、女の子の「かわいい!」が詰まっています。
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天使の小さな人形のアイテムをよくみます。
天使1人でも、かわいいのに。
見てください!
天使のお菓子の家です。
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天使が、お菓子を作っています。
お菓子屋さんのウインドウに飾っていただきたいです♪
上のプロペラにも、キラキラゴールドの星の模様が入っています。
細かい所にもぬかりない、ネイルに気合いを入れる女子的なこだわりを感じます。
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おじゃまします。
天使さんこんにちは♪
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MOMOで、人気のオーナメントに、雪の結晶があります。
この、素敵なオーナメントも、こちらのメーカーだったのですね。
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木のわっぱに、木を結晶の形にカットして、わっぱの表に水色の模様を入れるなんて…!!トキメキ…!!
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サンタクロースのくるみ割り人形もRichard Glässerの手にかかるとこんなにキュートに。
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Googleストリートビューに登録しているショールームがこれまた超かわいいです!
すっごくかわいい!これこのまま日本につくってほしいです。
トキメククリスマス飾りをお探しの方、ぜひRichard Glässerを。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像様々な作家性が楽しめる協同組合『DREGENO SEIFFEN』
MOMOに届くザイフェンの木のおもちゃ。
どのマークがついているものが多いかな?と考えると、ここ「DREGENO」の製品がとても多いです。
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理由はドレゲノはザイフェン木工職人たちがつくった共同組合だからです。
なのでこれまでの工房と違って、ひとことで「ドレゲノ」と言っても、様々な作家性の作品があります。
ザイフェン八角教会
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丁寧な作りです。
キャンドルの気流で、プロペラが回ります。
キャンドルを灯してプロペラを回してみたいですね♪
あら、まあ!
わっぱ入りの小さなサンタクロース!!
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ソリを引いていたのですね。
とってもかわいいこんなピラミッドもドレゲノを通して日本にやってきたもの。
ケーキの上に乗ってるサンタさんみたいにぷっくりかわいいサンタさんや雪だるまがいます。
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すべて「ドレゲノ」というタグがついて日本にやってきます。ほんとうに全然違う作風ですよね。
どうして「ドレゲノ」は協同組合なの?
この理由も実は戦争なんです。東西分裂は第二次世界大戦の敗戦によるものでしたが、すでに第一次世界大戦の時にも、ザイフェンにも経済的な不況があり、その状況をどうにかしよう!とザイフェンの木工職人さんたちによって「ドレゲノ」ができました。東西分裂の折にも形は変えながらも、現在も続いています。
複数の職人による「組合」だから、東ドイツ時代も存続することができたのだと思います。
様々な人の思いを乗せて存続してきたドレゲノ。
現在は、他の工房よりも立派なWebサイトがあります。
ドレゲノのWebサイトではザイフェンにあるショールームをバーチャルで訪問できます。
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※↑クリックすると音がでます。
「誰かを泣かせたいのかな?」っていうくらいドラマチックなメロディーとともにたーっくさんの工芸品が並ぶショールームが見れて楽しいですよ!
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reddot10p.jpg第3章:西ドイツ育ちのおもちゃ工房『Christian Ulbricht』
第2章では旧東ドイツ時代もザイフェンで制作を続けていた6つのおもちゃ工房のご紹介しました。
こんなにたくさん見てもらった後で覚えていないとは思いますが、一番最初に見てもらったWebサイト、覚えていますか?
point_2_b.jpgのサムネイル画像あのサイト、なんだか、様子、違くないですか?
 
違うんです、絶対違いますよね!
ここまでいろいろなWebサイト見てもらいましてけど、絶対違いますよね。
これまでのサイトは2000年代っぽいですよね。うっかりネット創世記っぽいですよね。
ChristianUlbricht』のWebサイトが21世紀感ただようこと、
それにはちゃんと理由がありました。
実は「Christian ULBRICHT」は旧東ドイツ時代、ザイフェンにありませんでした。
 
じゃあどこにあったの?西ドイツにあったんです。
 
違和感を感じて調べてみたことで、そこにはドラマのような物語がありました。
icon_skyblue_dot.jpgのサムネイル画像全てを捨てた西ドイツへの亡命、西ドイツ生まれの息子はいま再びザイフェンへ『ChristianULBRICHT』
 
あらためて「Christian ULBRICHT」のWebサイトを見てみましょう。
これまでの「ザイフェンスタンダード」なWebサイトよりも、今、日本でよくみるWebサイトのようなきれいなサイトです。
真ん中の大きな画像もしゅっしゅと動いちゃいます。
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しかもこの人だれ?!って感じなんですけど、ChristianUlbricht本人ではないっぽくて、私もまだわかってません。
ただ、この人が来て、サインしてくれるツアーを積極的にしているようです、けど、やっぱりだれ?!
商品写真もとってもきれいなんですよ!プロ!
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Webサイトもとってもきれいで最新な「ウルブリヒト」がつくる木のおもちゃは、
Webサイトと同じように、どこかこれまでのザイフェンの工房とは様子が違います。
こちらはウルブリヒトのオーナメント。
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とっても丁寧な手仕事、重厚感、とっても美しいオーナメント。1つ¥2,484。
こちらもとってもきれいな立体ツリーのオーナメント。1つ¥3,456。
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この高級感、そしてこのお値段、私は密かに「ザイフェンのクリスチャン・ルブタン」と呼んでいます。
クリスチャン・ウルブリヒトだけに…
ウルブリヒトの立派なくるみ割り人形、素朴なくるみ割り人形とはまた異なる雰囲気です。
持ってみるとずっしり重〜いんです。
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question_b.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像どうしてこんなに違うのでしょう?
 
reddot10p.jpg『ChristianULBRICHT』の歴史reddot10p.jpg
Christian ULBRICHTの始まりは、1928年。
Christian ULBRICHT氏の父”Otto Ulbricht氏”が、ザイフェンの鉱山の中腹に『Otoo Ulbricht’s workshop for fine wooden crafts and toys』を設立。
Otto Ulbricht氏の作り出す高品質でデザイン性の高い製品は評価が高く、
パリで開催された国際展で「子ども用の時計」と「聖歌隊」のデザインで「金賞」を受賞しました。
第二次世界大戦によってドイツは東西に分裂することが決まり、ザイフェンは東ドイツ領となりました。
国際的にもその技術を評価されていたOttoUlbricht氏は、東ドイツ領になったザイフェンから、家族とともに全てを捨て亡命!
移転後は西ドイツ領のLauingenで、一から、再び工房を設立。
1968年に現社長である息子”ChristianUlbricht氏”に経営を引き継ぎました。
そして1990年、ドイツ統一の後、Otto氏の息子、ChristianUlbricht氏は、父の故郷であり、工房のはじまりの地であるザイフェンに戻ってきたのです。
西ドイツは資本主義のアメリカとイギリスによる統治だったため、経済的に驚くほど発展したと言います。
今でもドイツに行くと、西側だった街と東側だった街の違いを街の雰囲気から日本人でも感じる取ることができるほどです。
東ドイツで10人以上を越えないよう工房を続けてきた工房と、
経済発展を目指した西ドイツで製品づくりをしていた工房、違います。違って当然だと思います。
Webサイトが現代的なのも、ずっと西ドイツにあった工房だから、お金があったからですよね。
ザイフェンの技術と優れたデザインセンスを持って西側に亡命をしたOttoUlbrichtを父に持ち、
西側の感覚を持ち、ザイフェン生まれの技術で木のおもちゃを作り出す、まさに西ドイツと東ドイツの統一を象徴しているような工房『Christian Ulbricht』。
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Webサイトから感じた違和感は、こんなドラマのような「理由」にたどり着かせてくれました。
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reddot10p.jpgおわりに:ザイフェンの木のおもちゃが「美しい」理由

東ドイツの統治下にあったから、そして人々が政府に反発する気持ちがあったから、
このザイフェンの素朴な木工芸品が現代まで守られた、という側面もあるようです。
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現在のザイフェンの街並み
東ドイツ統治下は東ドイツの製品を扱うことの許された一部の商社を通してからしかザイフェンの木のおもちゃを買うことができませんでした。
東西が統一された今、私たちは直接工房を訪ねることもできます。
いろいろな工房の個性豊かないろいろな製品を、受け取る人それぞれの好みで選ぶことができます。
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MOMO社長ザイフェンにて
ザイフェンの伝統的なモチーフ「天使と坑夫」は、毎日危険な鉱山で働く人々の帰りを願ってつくられたものだと言います。
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炭鉱夫をやめ、工芸品を作り始めたザイフェンの人々に再び起こった理不尽な不幸、戦争。
ザイフェンの工房の人々が生み出すキラキラとした、幸せに満ちた美しいクリスマスの飾りの背景には、
人々の個人の力ではどうすることもできない「悲劇」と言っても過言ではない出来事があったのです。
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家族の帰りを不安に待つことなく、国同士の争いに人々が巻き込まれることなく、幸せなクリスマスを迎えることができること。
穏やかな気持ちでキャンドルを灯して、家族とその光を眺めることができること。
その喜びを、2度の試練を乗り越えたザイフェンの人々は心の底から知っていることでしょう。
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ほんわかしているのにどこか凄みのあるザイフェンの木のおもちゃたち。
試練や「悲劇」を乗り越えたからこそ作れる「美しいもの」なのではないでしょうか。
ザイフェンの木のおもちゃは美しい、そして強くてかっこいい、
私はそんな風に思いました。
長い時間がかかりましたが、ザイフェンのこと、ザイフェンの木のおもちゃをつくる工房のこと、調べてよかったです。
ザイフェンの工房の木のおもちゃをもっと多くの人に見てもらいたくて、
私たちは今年こんなページを作りました。ぜひ合わせてご覧ください。
※在庫切れの商品についてはお問い合わせください。輸入元に在庫がある場合はお取り寄せができます。

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最後に、一言でザイフェンと言っても様々な工房がある中で、
しっかりとしたものづくりを続ける工房を探し、日本に輸入してきてくれる会社の方々に改めて感謝をしたいと思います。
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<参考サイト>
・各工房Webサイト
アトリエ・ニキティキWebサイト(ザイフェンの歴史、ヴェルナーについて)
 
<参考>
・ミュラーの輸入元エルフさんからお聞きしたお話し
・ザイフェンの工芸品にも詳しいローゼンウィンケルジャパンの加藤さんからお聞きしたお話し
 
<写真>
MOMO店長・もぎしづこ(商品写真)
MOMO社長(ザイフェン)
 
<リサーチ・テキスト>
茂木成美
※このブログのテキストや写真をまとめサイトにて引用することを禁じます。
悲しいので、どうぞ「キュレーター」の皆様ご協力お願いします。

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